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とある大学生の備忘録

理系大学生が思うことをぼちぼちと。SNSとかWebマーケティングが好き。

秋風吹くこの夜に

秋風が吹き抜け

いくつも台風が過ぎ去り

電車ではジャケットを羽織った人が増え

そんな10月の半ば

 

体育の日だと行っても

国民の祝日だろうと

大学は平常運行である。

 

今日は大学終わりに葛西に行って来た

 

おととし住んでいたために、

すごく思い入れのある街。

 

今日は風が強かったけど、

公園で手紙を書くことに…

 

途中で万年筆のインクが切れた

 


途中からはボールペンで書いた。

あまりにも統一性のない手紙となってしまったが、

それもまた手紙の面白さだ。

 

文字が汚くてみるの嫌になった

手紙の相手の方には、この場で謝っておきます。

 


ユーキャンのボールペン字講座の

存在価値を酒を片手に議論したが、

一番大事かもしれないと痛感した。

 

 

葛西臨海公園の西なぎさは

1人になりたいときによく通う。

 

 

今日は曇りがちのため

夕焼けは綺麗に映らなかった

 

まあ、海で黄昏てたら

いろんなアイデア出てきたことで、

良しとしましょう

 

 

イデアを考え、その時ふと思うのは、

まぶたの裏には様々な映像や模様が浮かぶ。

 

瞼が眼球を押さえる力を視神系は光と感じるため、

人は決して本当の暗闇を見ることができない。

 

なんて教えてくれたのは、

どこの誰かはもう思い出せない。

 

 

昔は(今も)友達が少なくて、

世界に散らばるあらゆる断片を溜め込み

(要するに雑学収集)

 

そんな知識を互いに交換することで、

お互いを思い出せるだろう、

とか考えている時期があった。

 

もちろんその願いは遠い過去に散ってしまった

 

今にして思えば、そんなことはほとんど忘れ、

かつては知っていたという事実しかない。

 

 

様々な瞬間で思い返す節がある

全く悲しい人生である。

 

そんなことを考えるのであれば、

もっと有益なことを考えようと

なんて思うと、また考えてしまう

 

いわゆる回復ですよね
中毒や依存なんかである考え方

 

第一段階はもう大丈夫。

やめれば解決と安心すること。


第二段階はどうなれば回復か。

解決までの遠さを実感し不安になる


第三段階は変わってきているかもしれない。

問題の大きさに向き合い、

努力や方針が大事だと思い気づくこと。


第四段階は回復し続けること。

回復にゴールなんてない。傷は消えない。

しかし、何度でも何度でも回復し続ければいい。

 

 

人はただ生きているだけで

悲しみはそこはかとなくつもり、

生きてるだけで辛くて苦しい。

 

そこからの即時的で決定的な回復は見込めない。

 

そう気づけば、

小さな「回復」を感受し喜び、大事にできる。

 

 

だから今思うこと

些細なことでもいいから

小さな幸せを見つけに行こうと。

 

楽しみや悲しみや痛みや苦しさ、

全部ぜんぶ自分自身で探しに行く。

 

 

あんまり弱音ばっかり吐くと

ろくな人間になれない、親父にいつも言われます。

 

自分を卑下しないで、

いつだか誰かに言われました。

 

どんな時でも誰かは心配してるんです。

 

私の周りでもいるので

皆さんの周りにもきっといます。

 

自分を大切にしないと、

相手が悲しむので、大事にしましょう。

 

私も今後はそうするつもりです。